通信制大学から心理系大学院 合格までの道のり

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コロナ禍において通信制大学で学ぶということ

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通信制大学へ入学して丸1年が経過した。通信制大学で学ぶことについての全貌が見えてきたので、忘備録として記録しておく。

 

通信制大学で学ぶということは、孤独の中で学ぶということだ。

コロナ禍という特殊な状況も孤独に拍車をかけているが、コロナが無くても孤独な学びになることには変わりはない。

 

通学制の大学の場合、基本的には毎日大学へ通い、対面で授業を受ける。分からないことは教授に授業の前後の時間で質問ができるし、オフィスアワーを活用することができる。

また、教授に聞かなくても、友人同士で議論をしたり、質問しあうことで疑問点を解決することができる。毎日顔を合わせているからだ。

図書館や食堂などで一緒に課題をすることができる。わざわざ教授に質問するという高い(?)ハードルを越えなくても、友人同士で解決できることは多々あった。先輩から過去問をもらったり、勉強について教えてもらえることもできた。

ゼミや研究室に所属すれば、研究室の教授や先輩たちとより密な関係を築くことができる。同期という仲間の顔もすぐ近くにあり、ちょっとした愚痴や疑問点は会話することで解消できた。

 

対して、通信制大学の場合、孤独である。自分の通っている聖徳大学の場合、対面授業を通して単位取得をする科目は限られている。基本的には、配本された教科書を読み、レポートを書き、テストを受験する。全て独学で行う必要がある。

放送大学は、各科目に授業のビデオが付いてくるみたいだ。通信制大学とはいっても、大学によって授業のスタイルが異なる)

まずはシラバスを読み込み、その後、教科書を読む。はじめて触れる科目の場合、教科書を1度読むだけでは到底理解できない。シラバスに書いてある参考文献を読んだり、図書館などに行って近い書籍を探す。最近は、YouTubeを利用して近い領域の動画の閲覧もする。

人から説明してもらえない、教えてもらえない、質問できない環境の中で、どうにか教科書に書いてある文字から内容を理解し、自分の言葉に落とし込んでいく。

どうしても分からない部分があれば、教授に質問できるが、手書きの郵送でしか受付をしてくれないため、時間も手間も大いにかかる。すぐに疑問が解決するわけではない。

 

指定されたレポート課題をクリアするために、自分の言葉で説明できるように何度も読み込む。とはいっても、分からないものは分からない。理解できないものは理解できない。ちっとも先に進めない科目は何科目もあった。

レポート課題では「●●について説明しなさい」という内容のものが多い。きちんと理解できていないと、一言も書けない。何を書けばいいのか見当もつかない科目が、最初はたくさんあった。

 

入学当初は頼れる友人もいないため、自分で何とかするしかない。自分の場合は、1度教科書と課題内容をさらっと読んで、無理そうな科目は後回しにした。もっと簡単にできそうなレポート課題の科目を探して、そちらに先に取り組んだ。時間が経つと(周りの科目の知識がついてくると)理解できるようになっていたりする。もしくは、教科書よりももっと簡単そうな書籍を探して、それから読むようにした。とはいっても、どの書籍がいいのか、ということさえ分からない。参考文献が丁寧に書いてある科目もあれば、ほとんどアテにならない科目もあるからだ。すぐに相談する相手がいない、先生に聞けない、というのは通信制大学の難しいところだと思う。

 

本来であれば、スクーリング(対面授業)が夏休みや冬休みの期間に行われる。大学に生徒が集まって、みんなで授業を受ける。自分はスクーリングで友人を作ることを楽しみにしていた。友人を作って、LINE交換などにたどり着ければ、少しは情報共有や励ましあいができるだろうと思ったからだ。しかし、世の中はそれどころではなかった。コロナウイルス

全てオンライン授業になってしまった。オンライン授業では、オンデマンド形式(録画されている授業を聞いて、課題を提出する)とチームズを利用したリアルタイム形式があった。オンデマンド形式ではもちろん、録画されている授業を各々が視聴するだけなので、友人を作ることはできない。リアルタイム形式では、リアルタイムで視聴することが条件であるため、画面の向こうに生徒が何人かいることは分かる。しかし、先生⇔生徒の相互作用は多少あっても、生徒⇔生徒間での相互作用は、グループワークなどがない限り発生しない。また、グループワークを行ったとしても、生徒間で親しくなるほどの時間的余裕はほとんどない。LINEの交換なんて、とんでもない、という感じだった。

 

通信制大学へ入学すると同時に、ツイッターのアカウントを新しく作り、同じ境遇の人をフォローしていた。何人かと親しくなり、zoomやもくりを利用して、たまに通話をするようになった。

対面授業がないのであれば、友人を作るチャンスがないのであれば、インターネットを利用して自ら行動に移すしかない。1年目の夏休みを迎えた時点で、これ以上の孤独には耐えられなかった。通信制大学に通っている人は、働いていたり、子育てをしていたり、境遇がみな様々なので、時間を合わせたりすることが難しかったりする。なので、そこまで頻繁にやり取りをしているわけではないが、1.2か月に1度だけでも、同じ大学に通っている学生と話せるだけで、ずいぶんとリフレッシュできた。

 

勉強に話を戻すと、やはり孤独であることに変わりはない。毎日会って勉強できる友人も、すぐに質問できる先生もいない。授業をしてくれることもない。自分で教科書や課題と格闘して、なんとかクリアしていくしかないのだ。元々バックグラウンドのある人であれば、なんてことのない課題ばかりなのかもしれない。(介護施設で働いていた人が、改めて福祉について勉強する、とか)

自分は、全く異なる分野(理系専門職)から、全く異なる分野(文系 心理学)へ飛び込んだ側の人間だったので、そうはいかなかった。そして、心理学を専攻している友人も周りにはいなかった。(もし身近に心理学を専攻していた友人がいたら、その友人からいろいろ教えてもらうことも可能だっただろう)

まずは勉強の習慣をつけること、そのあと勉強法の模索、そして課題やテストをひとつずつクリアしていくといったステップを踏んだ。

コロナ禍の恩恵を受け、様々なセミナーや学会がオンラインで行われていたので、気になるものには参加したりもした。自分の工夫次第で、通信制大学でも、勉強はできる。ただ、学びの効率や質は、通信制大学と通学制大学では大いに異なると感じた。

 

今後、自分なりに模索した勉強法などについて書いていけたらと思う。